Team Chaotix  -中編-2 『エスピオとクロウ』-




「・・・なんとか撒いたな・・・」

 木の陰に隠れ、ベクターは息をついた。

「・・・お前ら、大丈夫か?」
「ぼくは ぜんぜんおっけー!」

 チャーミーはそう言うと、くるりと空中で一回転をした。
エスピオは何も言わず、ぐっ と手を握り締めているだけだった。

「・・・エスピオ、さっきからどうしたんだ? ターゲットとは知り合いのようだが・・・」
「・・・流石、推理力はいいな。」

 ベクターを見て、エスピオは苦笑する。
少しだけ間をおいて、エスピオは口を開いた。

「・・・奴の名は『クロウ・ザ・ウルフ』・・・。
 奴は、自分の母親の命を奪った者だ・・・。」
「なっ・・・!?」

 ベクター、もちろんチャーミーも一緒になって驚く。

「自分が街に来たのは、母親の仇を討つため・・・」 エスピオは言葉を続ける。「今まで修行をしてきたのも、カオティクスに入ろうとしたのも
 全てこの為だ。」
「・・・それじゃあ、えすぴおがぼくらより さきに『くろう』ってひとを たおそうとしてたのって・・・」

 チャーミーの言葉に、エスピオは静かに頷いた。
少し、沈黙が続く。
 ・・・沈黙を破り、口を開いたのは ベクターだった。

「・・・いいか、エスピオ。
 理由がどうであれ、こっからは一人で行動するんじゃねぇぞ。」
「・・・!! な、何故!!」

 エスピオは声を荒げた。 ベクターはそれに対抗するでもなく、冷静な声で言葉を返す。

「いいか。 仕事のなかで最も大切となるのは『チームワーク』だ。 しかも、今回は特に重要となってくるだろうな。
 それなのに ここでお前が突っ込んでいって、怪我をしたらどうする。
 俺たちの足を引っ張ることになるんだぞ。」
「・・・確かに・・・っ、確かにそうだが・・・!!」 エスピオは思わず反論する。「奴は・・・クロウは、母上の仇なのだぞ!!
 自分は・・・・母上の無念を晴らすため、どうしても 奴を討ちたいのだ!
 ―――― ・・・・自分は・・・・」

 エスピオはそう言うと、ゆっくりと俯いた。

「・・・母上は、自分が外出をしている時に殺された・・・。
 帰ったときはすでに 母上は血塗れで・・・それなのに、自分は動くことも出来なかった・・・。
 ・・・自分は、母上を見殺しに・・・・」

 ずっと握り締めていた手が、かすかに震えていた。
エスピオは、顔を上げ 言葉を続けた。

「だから、自分が母上に出来ること・・・――― 仇討ちは、なんとしてもやり遂げたいのだ。
 そうすればきっと、母上もよろこ―――― 」
「喜ばない。」

 ベクターはエスピオの言葉をさえぎった。
エスピオは驚き、目を見開く。

「・・・そんなことしても、お前さんの母親は喜ばない。 そんなこと、願ってもいないだろう・・・。
 もう一度よく考え直してみろ、エスピオ。 そんなことすれば お前さんの母親は、
 ・・・ただ、悲しむだけだ・・・。」
「!!」

 エスピオはハッとした。
考えたこともなかった。 ・・・ただ、仇を討てば 喜んでくれると・・・そう、思っていた。

『・・・・・・・』

 沈黙が続く。

――――― と、その時だった!


「・・・・見つけたぜ、『チームカオティクス』!!」

 声が聞こえた。 この声は・・・ターゲット、クロウの声だ!

「・・・くっ!!」

 逸早くそれに気付いたエスピオは、ベクターとチャーミーを ドンッ、と 後ろへ押した。
いきなりの衝撃で、ベクターはよろめき、チャーミーは地面に転んだ。
――― その直後だった。

 ザシュッ!!

 クロウの剣が、エスピオの腕を切り裂いた。
いつ、どこから姿を現したのだろうか。

「・・・っ!」

 不幸中の幸い、エスピオは腕で体をかばっていたため、重症とまではいかなかった。
「ちっ」と かすかにクロウは舌打ちすると、後ろへジャンプで飛び退き 距離を置いた。

「え、えすぴお だいじょぶっ?!」

 チャーミーは起き上がり、エスピオの安否を心配した。 エスピオの左腕から、血が溢れる。

「大丈夫だ、大した傷ではない。」

 エスピオは傷口を右手で押さえ、クロウの方を向きながら 言葉を返した。

「・・・三人一緒に相手するのは ちとキツイな・・・。」

 クロウはそう呟くと、灰色に染まった玉を取り出した。
―――― と、次の瞬間!

 バシュウ・・・!

 突然、周りが霧に覆われた。
いや、これは霧ではなく――― 煙だ!

「・・・な、なんだっ!? 煙幕か!?」
「けむーいっ!」

 チャーミーはそう言い、目をつぶった。
ベクターは片目だけ開け、状況を確認しようとする。

「・・・逃がさん!!」

 エスピオはそう言うと ダッ、と 走り出した。

「オイ、エスピオ 待ちやがれっ!!」

 ベクターは大声でエスピオを呼び止めようとする。
だか、エスピオはベクターの声に耳を貸さず、クロウを追いかけていってしまった。

「・・・くそっ、俺の言葉 全然聞いてねぇな・・・っ!」 少し舌打ちすると、ベクターはチャーミーへ視線を合わせた。「・・・っしゃあねぇ!  チャーミー、ここは二手に分かれて エスピオを探すぞ!!」
「あいあいさー!」

 チャーミーは羽をはばたかせ、敬礼をしながら くるりと一回転をする。
そして二人は、互いに反対方向へ向かった。





「はぁ、はぁっ・・・」

 エスピオは肩で息をしながら周りを見回す。 またしても、見失ってしまったのだ。
煙幕のなごりか、霧のようなものが庭を覆い、視界を悪くしている。

「(無理をしすぎたか・・・取り乱すなど、自分らしくもない・・・)」

 前に撃たれた右足がズキズキと痛み、左腕はもう血は止まっていたものの激痛が残っていた。
荒れている呼吸を整え、エスピオはふと 血で汚れた右手を見る。

 紅く、・・・あの時のような、紅い色。

「(・・・母上・・・)」

 エスピオの脳裏に、母親の姿がよぎった。



 ・・・父上は病気で死に・・・母上は、父上の分まで 自分を可愛がってくれて・・・
記憶に残っている母上は、いつも笑っていた。

 ――――― でも、自分は母上を守りきれなくて・・・・


  ・・・情けなかった・・・


 だから 母上の仇を討てば、きっと自分を許してくれるだろうと。
守ってあげられなかった、助けてあげられなかった、自分を許してくれるだろうと・・・
仇を討てば 母上の無念も晴らせて、喜んでくれるだろうと・・・そう、思っていた・・・。
 ―――― だが・・・



 『・・・そんなことすれば お前さんの母親は、・・・ただ、悲しむだけだ・・・。』 


 ・・・悲しむ、と そう言ったのだ。



「・・・母上・・・」

 エスピオは呟いた。
おもむろに、エスピオは お守りを取り出した。
 そのお守りは、母親の形見だった。


―――― ・・・母上・・・・自分は、どうすればよいのだろうか・・・


 返事は返ってこない。 そう分かっていても、エスピオは心の中で問いかけた。
ぎゅっ、と エスピオはお守りを握る。

――――― と、その時だった!

「!!」

 エスピオは気配を感じ取り、後ろを振り向いた。
そこには、物凄いスピードでこちらに近づいて来るクロウの姿があった。

 ビュンッ!!

 クロウはエスピオの目の前に着くと、隙を見せず 剣を振り上げた。
間一髪、エスピオは後ろに一歩下がり それを避ける。
 直後、エスピオはお守りをしまって クナイを持ち、それを剣の代わりにし 横になぎ払った。

「甘いっ!!」

 ヒュゥ・・・!

 目の前から、クロウがいなくなった。
クロウは 宙返りをし、エスピオの背後に回りこんだのだ。

「!!」
「てやっ!!」

 ドゴォッ!!

 エスピオが振り返ったときはもう遅い。
クロウの回し蹴りが エスピオの腹部に直撃し、吹き飛ばした。

「うあぁっ!」

 ダァンッ!!

 エスピオはなす術もなく、近くにある木に叩きつけられた。

「ぐ・・ぅっ・・・!」

 ドッ、と エスピオは地面に倒れる。
ふらつく足で何とか立ち上がり、エスピオはクロウを探した。
クロウの姿はどこにもない。

「・・・不覚・・・ッ!」

 スピードが速い上に煙幕の効果で周りがよく見えない・・・このままでは、うまく戦うことが出来ない。
またしても、クロウを見失ってしまった。

「・・・奴は、どこに――――― 」



 ―――― ヒュゥン ――――


 後ろから風の音がして、振り返ると―――― いつの間にか、そこにはクロウがいた。

――――― 」

 思考が停止した。

ニヤリ、と クロウは不敵の笑みを浮かべる。




  ドッ ――――――




 クロウの拳が、エスピオの後頭部に直撃した。


   プツリと、意識が消えた。





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